ボードゲームで育む折れない心 家庭での実践アイデアと失敗からの学び
ボードゲームにおける「負け」の価値:レジリエンス育成の視点から
ボードゲームは、家族や友人と楽しい時間を共有する優れたツールです。しかし、ゲームには常に「勝ち」と「負け」が存在します。特に小さなお子様にとって、思い通りにいかないことや、一生懸命プレイしても勝てない経験は、時に大きな悔しさや落胆を伴うものです。こうしたネガティブな感情にどう向き合うかは、保護者の方々にとって共通の課題の一つかもしれません。
しかし、ボードゲームにおける「負け」や「失敗」の経験は、単にネガティブなものではなく、子供の成長にとって非常に重要な機会となり得ます。困難に直面したときに立ち直る力、失敗から学び次に活かす力、つまり「レジリエンス(resilience)」を育むための貴重な訓練の場となり得るのです。
本稿では、ボードゲームを通じてどのように子供のレジリエンスを育むことができるのか、その具体的な実践アイデアと、失敗を学びにつなげるための関わり方について解説します。
レジリエンスとは何か、なぜボードゲームが有効なのか
レジリエンスとは、精神医学や心理学の分野で用いられる言葉で、「困難、脅威、逆境に対してうまく適応するプロセスおよび結果」と定義されます。平たく言えば、「折れない心」や「立ち直る力」、あるいは「しなやかな強さ」と表現されることもあります。予期せぬ問題や失敗に直面した際に、落ち込んだり諦めたりするのではなく、そこから回復し、再び前向きに進むための力です。
子供たちが成長し社会に出ていく過程では、学業、人間関係、将来の進路など、様々な困難や挫折に遭遇する可能性があります。こうした状況を乗り越え、心身ともに健康に生きていくためには、レジリエンスが不可欠です。近年、非認知能力の一つとしても注目されており、学力だけでなく、将来の成功や幸福度にも大きく影響すると考えられています。
では、なぜボードゲームがレジリエンス育成に有効なのでしょうか。
- 勝ち負けが明確である: ボードゲームの多くには勝敗があり、必ずしも毎回勝てるわけではありません。この勝ち負けの経験は、現実社会における成功と失敗のシミュレーションとなります。
- 計画通りに進まないことがある: サイコロの出目や他プレイヤーの行動など、自分のコントロールできない要素によって計画が狂うことがあります。これは予期せぬ問題への対応力を養います。
- 失敗をリカバリーする機会がある: ゲームによっては、一度のミスが致命的でも、その後の戦略で挽回できることがあります。失敗を乗り越え、立て直す経験を積むことができます。
- 感情の表現と共有: 負けて悔しい、うまくいかなくてイライラするなど、様々な感情が湧き上がります。これらの感情を適切に表現し、家族と共有することで、感情のコントロールや他者との関わり方を学ぶ機会となります。
- 繰り返し挑戦できる: ボードゲームは繰り返し遊ぶことができます。一度負けても「次はこうしてみよう」と戦略を修正し、再挑戦することが容易です。
このように、ボードゲームはレジリエンスを育むための多様な要素を含んでおり、安全な環境で失敗から学び、立ち直る練習をするのに適しています。
ボードゲームで負け・失敗を学びにつなげる実践アイデア
家庭でボードゲームをプレイする際に、単にルール通りに遊ぶだけでなく、レジリエンス育成を意識した関わり方を加えることで、学びの効果を高めることができます。
1. 結果だけでなくプロセスに焦点を当てる
勝敗だけに注目するのではなく、子供がどのようなことを考え、どのような選択をしたのか、そのプロセスに焦点を当てて声かけをしましょう。「勝ったね」「負けちゃったね」という単純な評価ではなく、「あの時、ああ考えて駒を進めたんだね」「サイコロの目が悪かったけど、最後まで諦めずに頑張ったね」のように、努力や思考の過程を認め、言葉にすることが重要です。これにより、子供は結果が全てではないこと、挑戦すること自体に価値があることを学びます。
2. 感情を受け止め、寄り添う
負けて悔しがる、泣いてしまう、怒ってしまうといった子供の感情を否定せず、まずは受け止めましょう。「悔しかったね」「残念だったね」と共感の言葉を伝えることで、子供は自分の感情が認められたと感じ、落ち着いて感情を整理することができます。感情を抑圧するのではなく、適切に表現し、受け止めてもらう経験は、自己肯定感や感情のコントロール能力を育む上で不可欠です。
3. 失敗の原因を一緒に考え、次に活かす視点を提供する
落ち着いた後、「なぜ負けたんだろうね」「あの時、他の手はなかったかな」と問いかけ、一緒にゲームの内容を振り返ってみましょう。ただし、これは子供を責めるためのものではなく、あくまで「次につながる学び」を得るための時間です。大人が一方的に正解を教えるのではなく、子供自身に考えさせることが重要です。もし子供が原因を理解できていないようであれば、「もしあの時、別のカードを使っていたらどうなっていただろう」のように具体的な選択肢を提示し、思考をサポートします。そして、「次はこれを試してみようか」と具体的な改善策を見つけ、次のプレイへの意欲につなげます。
4. 大人が模範を示す
保護者自身がゲームで負けた時に、どのように振る舞うかを見ることは、子供にとって最も身近で強力な学びとなります。負けたことに対して冷静に分析する、相手のプレイを称賛する、感情的にならずに次への意欲を見せるなど、大人の模範的な態度は子供のレジリエンス育成に直接的に影響します。「あ〜、やられた!でも、次はそうはいかないぞ」のように、負けを一時的なものと捉え、前向きな姿勢を示すことが効果的です。
5. ゲーム選びの視点
レジリエンス育成という視点では、以下のような特徴を持つゲームも有効です。
- 運と戦略のバランスが良いゲーム: 運の要素が適度にあることで、必ずしも自分の能力だけで勝敗が決まらないことを理解し、不確定要素への対応力を養います。一方で、戦略要素があることで、自分の選択が結果に影響することを学び、工夫する意欲を育みます。
- 失敗から立て直しが可能なゲーム: 一度大きなミスをしても、その後のプレイで挽回できる可能性のあるゲームは、諦めずに挑戦し続けることの重要性を学ぶのに適しています。
- 協力ゲーム: 協力ゲームにおける失敗は、個人ではなくチーム全体の課題として捉えられます。チームで原因を分析し、協力して困難を乗り越える経験は、他者との協調性や問題解決能力に加え、失敗を共有し共に立ち直るレジリエンスを育みます。
レジリエンス育成に役立つボードゲームの例
具体的なゲームをいくつかご紹介します。(※ゲームの選定はあくまで例であり、市場には他にも多くの適したゲームが存在します)
- ドミニオン
- 対象年齢目安: 8歳以上
- プレイ人数: 2-4人
- 教育的な特徴: デッキ構築というシステム上、山札の引き運に左右される側面があり、思い通りにならない状況が発生します。しかし、ゲーム中にデッキを改良していくことで、失敗から学び、次のターンに活かす戦略性が求められます。不確実性の中で最善を尽くし、失敗を乗り越える経験につながります。
- 街コロ
- 対象年齢目安: 7歳以上
- プレイ人数: 2-4人
- 教育的な特徴: サイコロの出目に大きく影響されるゲームです。狙った目が出ない、相手ばかりが得をするなど、運による不公平さを経験しやすいゲームですが、どの施設を建てるか、いつリスクを取るかといった戦略要素もあります。思い通りにならない状況を受け入れつつ、限られた状況下で最善を尽くす判断力を養います。
- パンデミック
- 対象年齢目安: 8歳以上
- プレイ人数: 2-4人
- 教育的な特徴: 協力ゲームであり、プレイヤー全員で協力して世界の危機に立ち向かいます。病原体の拡大を食い止められず状況が悪化するなど、失敗を経験しやすいゲームですが、その失敗から学び、次の対策を話し合い、協力して困難を乗り越える経験は、チームとしてのレジリエンスを育むのに非常に適しています。
これらのゲームはあくまで一例です。大切なのは、どのようなゲームを選ぶか以上に、ゲームプレイを通じてどのように子供と関わり、失敗や困難を学びの機会に変えていくかという、家庭での実践と関わり方です。
まとめ
ボードゲームは単なる遊びではなく、子供たちが社会で生きていく上で必要な様々な力を育むアクティブラーニングの場となり得ます。特に、ゲームにおける「負け」や「失敗」の経験は、困難に立ち向かい、そこから立ち直る力である「レジリエンス」を育むための重要な機会となります。
家庭でボードゲームをプレイする際には、結果だけでなくプロセスに注目し、子供の感情に寄り添い、そして失敗の原因を共に考えて次に活かすという関わり方を意識してみてください。これらの実践を通じて、子供たちは失敗を恐れず、困難に粘り強く立ち向かう「折れない心」を育んでいくことができるでしょう。
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